
る。
鐘は駅や構内の列車運行の際、お客や職員のために駅に設置された。
○救いの鐘
昭和20年(1945年)7月14日の伊達に続き、翌15日、有珠の鉄道病院が米軍による空襲を受けた際に、入院患者の避難誘導のために鳴らされ、多くの命を救う。
○祈りの鐘
昭和37年(1962年)虻田カトリック教会(現洞爺湖町)が譲り受け、以来10年地域に祈りの鐘として親しまれる。
その後、文化財として伊達市教育委員会へ寄贈される。
○平和の鐘
平成19年(2007年)平和を願う市民と事業所の浄財により、この鐘は「戦後60年を経て風化していく戦争の記憶と凄惨を伝える」証人となる。
昭和20年(1945年)7月14日、伊達町(当時)米軍艦載機による空襲を受け、国鉄稀府駅・伊達紋別駅・伊達日赤病院などで、21名の犠牲者と多数の負傷者が出る惨事となりました。
駅の釣り鐘として北海道開拓のあゆみを見守ってきましたが、奇遇にも、鉄道病院有珠分院で米軍艦載機による悲惨な伊達空襲を目の当たりにすることになりました。
北海道開拓と戦争の歴史の生き証人として価値ある歴史遺産を「平和の鐘」として後世に伝え、この鐘の響きを、平和を願う伊達市民の心として世界に発信する。
平成19年(2007年)11月17日建立
建立 「平和の鐘」建立実行委員会
題字 佐々木錦堂 書
撰文 泉 隆
1月 1日 新年平和祈念
3月11日 東日本大震災犠牲者追悼復興祈念
7月14日 伊達空襲犠牲者追悼平和祈念(同15日)
8月 6日 広島原爆犠牲者追悼核廃絶祈念(同~9日)
8月 9日 長崎原爆犠牲者追悼核廃絶祈念
8月15日 終戦恒久平和祈念
9月21日 国際平和デー
12月23日 太平洋戦争開戦の日不戦記念
※これらの日には、紐を取り付けています。(伊達「平和の鐘」をまもる会)
1.鳴り響く 平和の鐘 この街の隅々まで
今生きる人の胸に 届けてよ 命の歌
無念にも消された人の 想いを受け止めて
高らかに平和の歌を 鐘の音と共に歌おう
2.七月のあの日の空襲 心に思い起こして
打ち鳴らし知らせた鐘を いつまでも守り残そう
二十一の消えた命の 悲しみを忘れず
高らかに平和の歌を 鐘の音と共に歌おう
3.過ぎ去りし時の流れを 今集う人々語り
明日生きる子ども達へ 伝えてよ命の歌
胸射抜く銃弾の音 世界から無くすため
高らかに平和の歌を 鐘の音と共に歌おう
(作詞・作曲 輪島俊明)